大好きな彼の姿は、どんな人込みの中でもすぐにわかる。
翼子は人込みの中にかすかに見えた彼に大きく手を振った。
「おーい、ここだよぉ〜!」
大好きな彼女の姿は、どんな人込みの中でもすぐにわかる。
彼は人込みの中にかすかに見えた翼子に手を振り返す。
「おーい!」
翼子は彼の胸に飛び込むと、「何かすっごく久し振りな感じがするねぇ」とニッコリ笑顔を弾けさせる。
彼も「そうだね」と笑顔をかえす。
しばらく言葉のないまま見つめあった二人。
「それにしても、きれいに焼けたね」
彼が翼子のほっぺたをつつきながら健康的に焼けている小麦色の肌に感心する。
「エヘヘッ、毎日泳いでいたからね。でも、キミだってよく焼けているよ」
照れ笑いしながら同じ言葉を返す翼子に彼も照れ笑いになる。
「俺も毎日炎天下の中バイトしているから。翼子と同じくらい焼けているよ」
そう言いながら翼子の腕に自分の腕を重ねる。
「あーっ!本当だねぇ。同じくらいに焼けているぅ」
翼子も納得の声を上げる。
「さ、行こうか。久し振りのデート、まずはご飯にしようよ。何を食べようか?」
彼の問いかけにう〜んと考える翼子。
「キミの好きなものでいいよ。それより」
しばらく考えていた翼子がきゅっと彼の腕につかまる。
「少しでも一緒にいたい!」
そんな翼子を彼もきゅっと抱く。
「そうだね、俺も一緒にいたい!」
昼食の事はどこへやら、二人はそうして抱き合いながら、お互いを愛おしく感じる。
そんな時間がしばらく続いて、やがて二人顔を見合わせて笑いあう。
同じタイミングで二人のお腹がぐ〜っ!と抗議の声を上げたのだ。
「やっぱりお腹すいたぁ!いつもの『シナモン』に行こうよ」
翼子の持ちかけた量が多くて、でもおいしいパスタを食べさせてくれるお店の名前に彼も大きくうなずく。
「あそこならゆっくり出来るし、大賛成だよ」
「よ〜っし、行こう!」
翼子がバタバタと走り出し、彼がその後姿を追っかけていく。
「ご馳走様でしたぁ。お腹一杯になったよ」
大満足の表情を浮かべながら翼子がデザートのアイスクリームにスプーンを入れる。
「本当だね」
満足な表情は同じだけれど、彼がデザートに選んだのはコーラフロート。
お腹一杯になった後はおしゃべりまたおしゃべり。
満足なニコニコ笑顔は時々大笑いになりながら絶えることがない。
「でも、ちょっと心配だなぁ」
そんな翼子の笑顔がちょこっと翳ったのはおかわりしたアイスクリームがなくなった頃。
「大丈夫だよ」
彼の優しい笑顔にちょっとだけ表情を緩めながらも、まだ心配そうな感じは完全には消えない。
「だってさ、この頃キミとなかなか会えていなかったのに。来週からフランス行っちゃうからまた会えなくなっちゃうんだよ。サミシイなぁ。」
そんな翼子に彼がちょっとだけ苦笑いを浮かべる。
中学三年の時にカップルになった彼らは、一緒の高校に進学し、ラブラブを深めている。
高校進学後も水泳を続けている翼子。
元々中学時代から「泳ぐの速い」って言われていた彼女だが、高校進学後はますますタイムが伸びていって。
加えて勉強の方も好成績を収めている翼子に学校側から思わぬプレゼントが贈られたのだ。
「一ヶ月のフランス短期留学なんて、すごい事じゃん」
友好関係になっているフランスの高校と年に一度、夏休みを利用して一ヶ月の短期留学交流が行われることになり、成績・スポーツ共優秀な成績を収めている翼子が見事留学生に選ばれたのだ。
「ありがと、フランスに行けるのはすっごく楽しみなんだけど」
彼の言葉に少しだけ笑顔を浮かべながらも「でも、一ヶ月もキミと一緒にいられないなんて、やっぱりサミシイなぁ」と駄々っ子のように繰り返す翼子。
「他にも何人か短期留学生がいるみたいだから、すぐに仲良しが出来るよ」
「ぶぅーっ!キミ以外の男の子なんて興味なしだよぅ。だってだって、このごろキミはバイトばっかりやっているし、だからサミシイし」
ちょっぴりすねているそんな翼子を可愛く思う彼。
中学三年の時、ちょっとした出会いから気になる存在になった翼子の事だけをずっとずっと見つめていて。
頑張って勉強して、彼女と同じ高校に進学して。
彼女が短期留学生に選ばれたのを誰よりも喜んで、そして色々と考えて。
「ごめん、このごろ会えなくて。でもね、バイト増やしたのには訳があってさ」
ほっぺたをぷぅっと膨らませている翼子に彼は自分の考えをほんの少しだけ打ち明ける。
「キミにプレゼントをしようと思っているんだ」
そんな彼の言葉に翼子のほっぺたが元に戻る。
「本当?何なに?プレゼントって?」
さっきまでの膨れっ面はどこへやら、瞳をキラキラさせて聞いてくる翼子を心から可愛いなと思いながら「それは、翼子がフランスに行く日まで内緒」と答える。
「えー、待ちきれないよぅ」
そう言いながらも笑顔が戻ってきた翼子に彼は安心してデートの続きを提案した。
「ふぅっ、今日も一日暑かったなぁ」
今日のノルマを泳ぎ終えた翼子がプールサイドにペタリと座って一息入れる。
前髪をかき上げると髪の毛に残っていたプールの水がキラキラと零れ落ちる。
座ったままで考えるのは彼の事。
「あれからデートできなかったなぁ、明日からフランスなのに」
結局あの日以降は彼のバイトが忙しく、会うことが出来なかったのだ。
時々泣きたくなるような気持ちに襲われることもあったけれど、毎朝毎晩の携帯メールや電話で彼の気持ちがすごく伝わってきて、安心して。
それに、彼がチラリと言った「プレゼント」が気になっていて。
「フランス行く時に渡してくれるって何だろう?日本が恋しくなるからってレトルトのご飯とかかなぁ?」
しばらくそんなことを考えて「あ、いっけない!」と立ち上がる。
「明日の準備まだ出来てないよぅ」
早く帰って準備しようと翼子はパタパタと走り出した。
「ふぅっ、今日も一日暑かったなぁ」
最後のバイトを終えた彼が休憩用の椅子に座って一息入れる。
鏡を取り出すと顔中キラキラと汗が光っているのを確認する。
汗をぬぐうのも忘れて考えるのは翼子の事。
「あれからデートできなかったなぁ、明日からフランスなのに」
あの日以降は追い込みでバイトを詰め込んだため、翼子と会うことは出来なかった。
あふれるような想いを毎朝毎晩の携帯メールや電話にして、気持ちを伝えて。
「明日のプレゼント、喜んでくれるといいなぁ。いや、絶対喜んでくれるって!」
しばらくそんなことを考えて「いけねえ!」と立ち上がる。
「早く給料貰ってこようっと」
彼はバタバタと走り出した。
「何かフランスへ行く感じがしないよ、その格好」
Tシャツにジーンズ、スニーカーといういつもと全く変わらない翼子の格好を見て彼は感心するともあきれるとも付かない声を出す。
「確認したら移動中は制服じゃなくてもいいって言うから。この方が楽だしね」
これから海外に行くとは思えない服装をそう説明する翼子。
「それより、キミの方がよっぽど海外に行きそうな感じだよ」
今まで見たことのないアイビールックを指摘された彼が照れ笑いを浮かべる。
翼子がフランスへ旅立つ日。
二人手を繋ぎながら国際空港にやってきたのだ。
彼と一緒に乗った電車に乗っているときからハイテンションで、今までニコニコ笑顔だった翼子が空港で手続きを終えた後、急に彼の手をギュッ!と握る。
「やっぱり嫌だよぅ、キミと一ヶ月も離れるなんて」
めったに見せない涙目になって訴える翼子。
「ワガママだよね。ゴメンネ。でも、でもキミと会えないなんて!」
涙目からポロリと涙が落ちる。
「やっぱり短期留学なんてやめてキミと一緒にいたい!!」
そんな翼子を彼が握られた手よりも強く抱きしめる。
「うんうん、俺も翼子と離れたくない」
そういって彼は翼子のほっぺたに付いた涙を優しくぬぐう。
「だから、これが俺のプレゼントだよ」
そう言うと一旦翼子との抱擁から離れてデスクに彼が向かう。
「え?何?」翼子が首を二回ひねった時だった。
「お待たせ」
彼の手元には翼子と同じチケットが。
「え?なに?なに??」
翼子の疑問に彼が優しい笑顔を浮かべる。
「俺も短期留学に申し込んだんだ、翼子と違って有料だけどね」
彼の言葉が全く理解できずに固まってしまう翼子。
「やっぱり、そうだと思ったんだ」
優しい笑顔は変わらないまま彼が説明を始める。
「確かに、短期交換留学生で学校が推薦する生徒は翼子一人だったのだけれど、申し込めば『若干名』一緒に行けるって募集があったんだ」
彼の言葉に「そんなのあったんだ、知らなかったよぅ」と翼子が初めて聞いた言葉と素直に答える。
「うん、翼子なら気付かないと思ってこっそり申し込みしていたんだ。でも、お金を親に全部出してもらうのも悪いし、少しでも負担しようとバイト増やしていたんだ、あっ!」
彼の言葉は途中で途切れる。
なぜなら、翼子がすごい勢いで彼に抱きついてきたから。
「本当?本当にフランスでも一緒なんだ。ありがとう、嬉しい!そんなにしてくれて」
翼子の目からさっきと違う嬉しい涙がポロポロ落ちる。
「俺だって翼子と一ヶ月も離れたくなかったから!」
彼はこう言うと今度は翼子のほっぺたについた涙を優しくキスでぬぐってあげた。
「うわぁ、思ったより広いねぇ!」
「機内食美味しいねぇ!!」
「ねえねえ、音楽のチャンネルってどうやって変えるの?」
フランスへ向かう飛行機の中で、翼子は絶好調。
キャビンアテンダントさんがクスクス笑っちゃうくらいはしゃいでいる。
「だって、君と一緒に海外旅行なんだよ。楽しいじゃない!」
そんな翼子に「海外旅行じゃなくて、留学だろ」と突っ込みながらも、彼も楽しそうにニコニコ笑顔を浮かべている。
「バイトはきつかったけれど、こうやって翼子と一緒にフランス行けて良かったな」
さっきのはしゃぎっぷりはどこへやら、いつの間にかくぅくぅと可愛らしい寝息を立て始めた翼子に毛布を掛けてあげながら彼がつぶやく。
「翼子と一緒なら楽しい留学になりそうだよ。一ヶ月よろしくね」
彼は小さな声でそう呼びかけると他の乗客に見られないように翼子のほっぺたにチュッ!とキスをした。
「うわぁ、いよいよ着陸だねぇ」
長い長い飛行機の搭乗の疲れも全くないような喚起の声を上げる翼子。
「長かったねぇ、ようやく着陸だよ。疲れなかった?」
そんな翼子を愛おしく思いながらふぁあとあくびが出る彼。
「全然、キミといたからあっという間だったよ!」
彼と一緒にいられる安心感が翼子の返事を元気にしている。
「を!」
そんな二人をパリのイルミネーションが迎えてくれる。
「翼よ、あれがパリの灯だ!」
ちょっと気取って窓越しにイルミネーションを指差す彼。
「エヘヘッ!なぁにぃ?それ」
彼は翼子の反応に「知らなかったのか」とちょっとガッカリしながらも、留学中に原書で翼子と一緒に読んでみようかと心に決める。
飛行機はゆっくりと高度を下げていき、キラキラと輝くパリの灯が優しく二人を迎えてくれていた。