「作って、作って〜」
「だから、嫌だって」
「いいじゃないの、作って、作って〜」
もう何度目になるかわからない押し問答に、僕は少々疲れていた。
こうなったらルリ姉は絶対に引かないだろうしな。
ため息を一つつきながらもう一度反論してみる。
「どうして、そんなの僕が作らなきゃいけないんだよ」
「めんどうくさいから」
こともなげに答えるルリ姉。
「それに、やっぱり手作りがいいじゃない」
さっきは気づかれないようについたため息を今度はわざと聞こえるようにつく。
「僕の手作りじゃ、意味ないじゃないか」
「いいのよ」
即座に答えが返ってくる。
「手作りのチョコレートって形があればいいのよ、だから作って」
「……わかったよ」
改めて選択の余地がなかった答えを口にする。
「わーい、サンキュッ!」
「でも、簡単なので勘弁してよ」
小学生みたいに喜ぶルリ姉に一言釘をさす。
「いいわよ、簡単な方が都合いいし」
「……?」
「いいからいいから、じゃあ明日作ってね」
「バレンタインデーは明々後日だろう!前日でいいじゃないか」
「ダメダメ、明日よ。いいわね」
それだけ言うとルリ姉はオヤスミ!と言い残してさっさと部屋の方に行ってしまう。
まったく、わがままなんだから……。
何度目になるかわからないため息をつきながらルリ姉が放置したティーカップを洗おうと僕も腰を上げた。
翌日の放課後。
僕はルリ姉のリクエストに答えるべくスーパーマーケットに寄っていた。
「板チョコにドライフルーツと粉砂糖、それとハートの型か、なるほど」
僕の買い物を一点一点チェックしているのは珍しく一緒についてきたルリ姉。
「何でついて来ているの?」
いつもは一緒に帰ったりするのをすごく嫌がるルリ姉にしては珍しいな、と思って聞いてみる。
「あんたがどんなのを作るか気になるじゃない、ちゃんとチェックしなくちゃね」
それにね……今回は私が食べるわけじゃないから、余計気になるじゃない!と手にしていた板チョコをポン!と買い物籠に放り込み直しながらルリ姉が答える。
「大丈夫だよ、だれだってルリ姉の手作りチョコなんて期待してないだろうし……いたっ!」
ちょこっと嫌味を込めた僕の言葉はコツン!と頭に感じた衝撃によって止まる。
「な・あ・に?」
わざとらしく拳骨にハーッと息をかけながら問うルリ姉に僕は思わず苦笑して「さ、会計会計」とレジに向かって歩き出した。
「ふんふん、あらかじめハートの型にドライフルーツを入れておいて、そこに溶かしたチョコレートを流し込むのね」
「そ、簡単だけどドライフルーツがアクセントになって手作りの感じが増すと思ってね……ほら、もう出来た」
その日の夜。
夕食を済ませた僕たちは早速チョコレートを作り始めていた。
もちろん、ルリ姉は見ているだけだけれど。
作り方はいたって簡単。
ハートの型にドライフルーツをちりばめておいて、溶けたチョコを流し込む。
後は冷やせばおしまいだ。
「で、その粉砂糖はどうするの?」
ハートの型に流し込まれたチョコレートを冷やすべく冷蔵庫に入れ始めた僕にルリ姉が聞いてくる。
「ああ、それはね……チョコを冷やし終えたら最後に振りかけて仕上げるんだ」
冷蔵庫のドアをパタンと閉めながら説明する。
「ふーん、じゃあチョコレートが冷えるまで待たなきゃいけないんだ」
「もう少しだよ。それとも一旦部屋に戻って後で仕上げる?」
僕の提案にルリ姉は首を振って「じゃあ待ってるわ。紅茶入れてよ」と椅子に座りなおす。
「はいはい」
チョコレートの甘いにおいを少しだけうっとおしく感じていた僕は少し濃い目に紅茶を入れようと決めてお湯を沸かし始めた。
「ちょっと〜この紅茶苦いわよ」
一口紅茶を飲んだルリ姉が抗議の声を上げる。
「チョコレートの甘いにおいを吸い込んだから、紅茶を濃くしたんだ」
僕の言い訳に「もっと薄いのが良かったのに」を上目遣いになるルリ姉。
「しょうがないわね」とシュガーポットに手を伸ばしかけたルリ姉の手がふと止まる。
「ねぇ?さっきのチョコレートまだ残ってる?」
「あるけど、溶けたままだよ」
振り向いてボウルのチョコを確認して答える。
「それ頂戴!」
何か思いついたらしいルリ姉が椅子から立ち上がると、戸棚の中をごそごそ探る。
「あったあった」
上機嫌になって取り出したのはフランスパン。
パンをちぎると溶けたチョコレートにつけてパクリ。
「う〜ん、美味しいっ!」
時々紅茶を口に含みながら次々とパンをちぎっては口に放り込んでいくルリ姉。
「こうやったらこの紅茶がちょうどいいわ!」
残っていたチョコレートを全部食べちゃいそうな勢いだ。
「ほら、あんたも食べてみなさいよ。美味しいわよ」
そんなルリ姉をあきれて眺めていた僕の口元にチョコがたっぷりついたパンが近づいてくる。
「ちよっ、ちょっと恥ずかしいよ」
そのまま食べさせそうな勢いに僕は慌てて手を出そうとする。
「ダメよ。チョコが垂れちゃうじゃない。そのままそのまま!」
ダメ出しをしたルリ姉の右手がどんどん口元に伸びてくる。
観念した僕は口を開けてパクリとチョコ付パンを口にする。
チョコレートの甘みが口いっぱいに広がると同時に、まるで恋人からバレンタインのチョコレートを口に入れてもらったような錯覚に陥る。
こういうバレンタインチョコのプレゼントもいいなぁ……。
口いっぱいに広がった甘みにしばらく時を忘れて幸せな錯覚を楽しんでいた。
「ねぇ、そろそろチョコレートいいんじゃない?」
ぼぅっとしていた僕はルリ姉の言葉にはっとなる。
同時に、何てことを考えていたのだろうという思いが頭の中を駆け巡り、頬が熱くなってくるのを感じる。
「そうだね、もう大丈夫だと思うよ」
熱くなった頬を見られないように慌てて冷蔵庫の方を向く。
開けた冷蔵庫から流れてくる冷気が頬の火照りを冷ましてくれ、落ち着いた気持ちを取り戻すことが出来る。
「あ、出来ているよ、ルリ姉」
取り出したハート型のチョコレートは見事きれいに固まっていた。
「うん、よく出来たわね。感心感心」
横から覗き込んだルリ姉も笑顔を見せる。
後は最後の仕上げ。
型から取り出したチョコレートに粉砂糖をサラサラと振りかけて完成。
出来上がったチョコレートを銀紙でくるみ、最後にリボンをキュッ!と結ぶ。
「わーい、出来た出来た」
手作りハートチョコを天にかざすようにして大喜びのルリ姉。
「でもさ、バレンタイン明後日だろ。やっぱり明日作った方が良かったんじゃないか?」
前にも疑問に思ったことを口にする。
「いいのよ、今日で」
ルリ姉の答えは前と同じように有無を言わせないもの。
「明日一日冷蔵庫に入れておくからいいわよ。じゃぁオヤスミ」
そういい残すとさっさと部屋に行ってしまう。
まったく、わがままなんだから……。
昨日と同じ思いを口にすると放置されたままのハートの型やボウルを洗おうと僕も腰を上げた。
「今年もチョコもらえなかったなぁ」
僕はため息をつきながら学校からの帰り道をトボトボと歩いていた。
今年こそ!と期待してバレンタインデーを迎えたのだけれど、今年もいつもと同じ、収穫はゼロ。
去年と同じように寂しく帰宅することになったのだ。
クラスメイトからも、ちょっと憧れている年上のあの人からも、小生意気な年下の幼馴染からも……結局誰からもチョコをもらうことが出来なかった。
「何て悲しい高校生活なんだ……」
いつもより重い足取りでたどり着いた家の扉を開ける。
「おかえり!」
何故かルリ姉が出迎えてくれる。
「あれ?ルリ姉早かったね」
いつもは部活や寄り道で遅くなるルリ姉が先に帰ってきていることにびっくりしてしまう。
「ふふん、まぁね……それより、はい」
そう言って見慣れた包みを僕に投げてくる。
「一つあまったから、あんたにあげるわ」
それは一昨日僕が作ったバレンタインチョコ。
「自分が作った奴なんていらないよ!」
思わず声を張り上げる僕にルリ姉は涼しい顔で「どうせ誰からももらえなかったんでしょ?ありがたくもらっておきなさい」と一言。
「それよりも今日の夕食はおでんがいいわね。よろしくぅ!」
そういい残すとさっさと部屋の方に行ってしまう。
「おでんなんて面倒くさいもの……あれ?」
わがままなルリ姉の要求に抗議しようとした僕はあることが気になって思わず首をひねるとそのまま自分の部屋に駆け出すと、ベッドに座って改めてチョコレートの包みを見つめる。
僕はこんな乱雑なリボンの結び方しなかったような……。
ガサガサと包みを開いてハート型のチョコを見つめる。
粉砂糖のまぶし方、ドライフルーツの配置。
「何か、違う気がする」
自分が作ったのと似ているけど、どこか違う気のするチョコレート。
ベッドに寝転びながら暫くチョコレートを見つめる。
「……まさかな」
一つだけ頭に浮かんだものを打ち消す。
「……でも、そうだったらいいかな」
打ち消しながらも、心のどこかに何かを期待したい気持ちがあるのも確かだ。
「うん、そうしよう」
見つめたチョコレートをがぶり、とかじって決心する。
錯覚かもしれないけれど、この幸せな錯覚に浸ろうと。
「おなかすいたー、早くご飯作ってよー」
遠くでルリ姉の声が聞こえてくる。
「わかったよ、ちょっと待ってろよー」
僕は幸せな錯覚に浸ったままご飯の準備を始めようとベッドから起き上がった。