Navyblue ♦ Stories
権藤ゆーきのストーリー
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愛情カレー
 台所には水澤摩央の姿があった。
コンロに乗った大きな鍋がくつくつと美味しそうな音を立てている。
それは、摩央自慢の手作りカレー。
水澤家の食事は一つの例外を除いて全て母親が調理する。
そのたった一つの例外がまさに今摩央が作っているカレーなのだ。
市販のルーに頼るのではなく、スパイスから時間をかけてじっくりと作るカレーは高級レストラン顔負けの美味しさで大人気なのである。
コンロの火をギリギリまで弱くして、なおかつ焦げないように時々ゆっくりとかき混ぜる。
そんなことを何度も何度もした後、味見用の小皿を取り出す。
「うん、バッチリね」
摩央の表情がぱぁっと明るくはじける。
どうやら、満足いく出来栄えのようだ。
「半分は一晩寝かせてっと」
今カレーを煮込んでいるのよりも小さめの鍋を取り出して半分そちらに取り分ける。
「大好きなカレーが出来たわよ、今日のはと・く・に自信作なんだからね」
両手を軽くガッツポーズの形に握った摩央は明日デートする彼の笑顔を思い浮かべながら鍋の向こう側、その先にある彼が住んでいる隣の家に話しかける。
「一晩寝かせばもっと美味しくなるわよ。お腹一杯食べてから久し振りのデート楽しんじゃおうね!」
 年下の彼は現在高校三年生。
摩央が進学した超難関大学への合格を目指して受験勉強を頑張っている。
「摩央姉ちゃんと一緒の大学に行きたい!」
そう言って猛勉強をしているのだ。
「一緒の大学に行きたい、って言ってくれるのは嬉しいんだけど」
上機嫌の中にちょっとだけほっぺたを膨らませる。
「もう少し一緒にいたい!」
摩央の進んだのは超難関大学。
正直言って彼の学力では合格は厳しいと言わざるを得ない所で、そのことがわかっている彼はデートの回数を減らしてその分勉強をしているのだ。
彼の気持ちに嬉しさを感じていながらも、ちょっとだけ寂しさも感じてしまう。
そんな中での久し振りのデートの約束。
嬉しさと、スタミナつけて頑張ってね!
そんな気持ちを自慢のカレー作りに込めていたのだ。
「カレー出来たわよ〜」
明日のデートを楽しみに、摩央は家族に声をかけた。
空になった鍋に注いだ水がこぼれる。
蛇口をきゅっと締める摩央の表情は昨日とは打って変わって冴えないもの。
はぁっ、とため息を一つついてリビングのソファーに自慢のヒップを沈める。
リモコンを操作したテレビを見ているようで。その視線は全く定まっていない。
それもそのはず。
「なんで倒れちゃうまで頑張っちゃうのよ、心配するじゃない!」
 翌日、カレーの入った鍋を抱えて鼻歌交じりにお隣の家に行った摩央の目に飛び込んできたのは青い顔をしてベッドに横たわっている彼の姿。
「ずっとお勉強していて、このごろあんまり寝ていなかったみたいなの」
彼の妹が泣きそうな表情で説明してくれる。
根を詰めて勉強しすぎた結果、倒れてしまったのだ。
「ゴメンね、摩央姉ちゃん」
起き上がろうとする彼を妹と慌てて止める。
「いいからいいから、こうなったらゆっくり休みなさい」
彼は力なく頷いてベッドに横になりながら鼻をぴくぴくさせる。
「ああ、美味しそうな匂い。摩央姉ちゃんのカレーの匂いだ」
本当は食べさせてあげたいけれど、それすら出来そうにない彼の姿に「又今度作ってあげるから。今日はデート取りやめて帰るからゆっくり寝ること、いいわね」
悲しい気持ちを押さえて彼の部屋を出たのだった。
「カレー本当に美味しかったのにぃ」
摩央はスリッパを履いた両足をバタバタさせながらテレビ画面にブツブツと文句を言う。
 結局彼と一緒に食べるはずだったカレーは彼の妹と食べることになったのだ。
「すごく美味しいね。私もこれくらい上手にカレー作りたいなぁ」
彼に言ってもらえたらもっと嬉しいのに、と思いながらいつもより美味しく出来た自信のあるカレーを食べる。
彼のために少し残しておこうかと考えながらも妹の「エヘヘ、お替りしちゃおう」の声と、デートが出来ない鬱憤晴らしの気持ちがあって、普段のダイエットモードはどこへやら、摩央自身もお替りして綺麗に平らげてしまったのだ。
少し苦しくなったお腹をさすりながらブツブツブツブツ。
ひととおり愚痴が終わると今度はため息一つ。
彼の元気のない表情を思い出したのだ。
ため息をつきながらうん、とうなずく。
「彼が元気になるような料理作っちゃおう!」
そう言って浮かしかけた腰をまたぺたんと落とす。
「でも、何が良いかなぁ?」
摩央が一番得意にしているのはカレーライス。
しかし、今の彼だといつものようにパクパク食べることは出来そうにない。
「スープみたいな方が摂りやすくて身体にもよさそうね」
ポタージュ?野菜スープ?それとも??
先ほどとは違う言葉でブツブツとテレビに話しかける。
「あれ、この番組?」
そんな摩央が流しっぱなしにしていたテレビに目を向ける。
「へーっ、そうなんだ。うん、これにしよう!」
テレビの放送をしばらく見ていた摩央はメニューを決めて勢いよく立ち上がった。
翌日、摩央は昨日と同じ鍋を抱えて彼の家を訪問した。
彼以外の家族は出かけているようで、彼自らがドアを開けて摩央を迎えてくれた。
「昨日より大分良くなったよ、摩央姉ちゃん心配させてゴメンね」
彼の言葉通り、昨日より顔色が良いのを確認した摩央は安堵の表情を浮かべる。
「良かったわね。ご飯とか食べた?」
その問いには彼が軽く首を振る。
「何だか入らなくって」
「そうなんだ、でもこれなら大丈夫なんじゃないかと思って作ってきたの」
摩央が鍋を彼のほうに向けると、昨日と同じカレーの匂いが美味しそうに漂う。
「わぁ、カレーだね。でも、ちょっとカレーライスは」
嬉しさ半分、悔しさ半分の表情を浮かべた彼に摩央が得意げな表情を浮かべて蓋を取る。
「大丈夫よ、今日のは摩央特製の愛情カレーなんだから、ホラ」
彼の家に行く直前まで煮込んで、暖かい湯気がふわっとたった鍋の中にあるのはカレーはカレーでもスープカレーだったのだ。
「これならご飯が入らなくっても食べられると思って」
 そう、昨日摩央が見ていたテレビに映ったのがスープカレーの特集。
カレーなら得意分野だし、うまく作れるだろうと考えたのだ。
「ありがとう摩央姉ちゃん、これなら食べられそうだよ」
感謝の言葉を口にする彼に摩央は「それだけじゃないのよ、まずは食べてみて」と更に得意げな表情で続ける。
「うん、そうするよ」
何があるんだろう?と少しだけ疑問を持ちながらも、急に空腹感がわきあがってきた気持ちになって彼は摩央を台所に招いた。
「美味しいよ、摩央姉ちゃん」
スプーンを口に運んだ彼が久し振りのご馳走に声を弾ませる。
摩央は彼の正面でニコニコと笑顔を浮かべている。
「何だかすごく元気が出てきたよ、ご飯も少し食べようかなぁ?」
そんな言葉に摩央が「良かったぁ」と小さくガッツポーズ。
「ご飯よそってあげる!」
立ち上がりかけた彼を止めた摩央が「どのくらいがいい?」と聞きながら炊飯ジャーからご飯をよそい始めた。
「そう言えばさっき『それだけじゃない』って言っていたけど、このスープカレーに何か秘密があったの?」
摩央のよそってくれたご飯も平らげた彼がすっかり満足の表情になってたずねる。
「ふふん、秘密はそのスープカレーにあったのよ」
鍋に残ったスープカレーを指差しながら摩央が説明を始める。
「あのね、昨日テレビで見たんだけど、スープカレーって病気の時に食べられるように生薬とかをレシピに使うこともあるんだって。だからこのカレーにも漢方薬とか入れて、あなたに早く良くなって欲しいって愛情込めて作ったの。それがこの『愛情カレー』の秘密なのよ」
摩央の説明に感謝の気持ちを込めるように彼が深々と頷く。
「そうだったんだ、ありがとう摩央姉ちゃん。そんなに心配してくれて嬉しいよ」
摩央は彼の言葉に首を振る。
「いいのよ。でも、無理は禁物だからね」
「うん……昨日の埋め合わせは今度するからね」
そう言いながら彼が立ち上がって摩央に向かって手を伸ばす。
「ダ〜メ」
「えっ、何で?」
いつものようにギュッと抱きしめようとした彼が、拒絶の言葉に不満そうな声を出す。
「ちゃんと元気になるまでお・あ・ず・け・よ」
いつもの彼に段々戻ってきたことを感じ取った摩央がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「わかった〜」
彼はそんな摩央に不満そうな声を上げながらちょっとだけ感謝の気持ちを込める。
「デザート食べられる?何かないかなぁ」
冷蔵庫を開けながら摩央は安心感にホッと昨日とは違うため息をついた。
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権藤ゆーき / 2007(p)Lovetale vox