Navyblue ♦ Stories
権藤ゆーきのストーリー
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勇気の呪文
 その瞬間、皆で一斉に拍手と歓声を送る。
ビックリして振り向くのは弟と、たった今弟の告白にイエスと答えた彼女。
「やったね」
心から祝福の言葉を送る。
 だって、知っていたから。
弟が彼女のことを好きだって事も、彼女が弟のことを好きだって事も。
卒業式の後、きっかけをつかめなかった二人のために皆で仕組んだ告白の舞台。
最後の最後で想いを通わせることができた二人。
そして、皆に冷やかされながら幸せそうな表情を浮かべる二人……。
「おめでとう」
そんな二人に微笑みかけてから、そっと皆から離れて歩き出す。
ドキドキと胸の鼓動が早くなっていくのを感じて、少しだけ歩くペースを落としながらいつもの言葉を口にする。
「100%の自分でファイト!」
つぶやくと、ドキドキがすぅっと消えていくのを感じることが出来る。
そう、緊張している時や「がんばろう!」って時に必ず唱えるこの言葉。
それは、彼にもらった勇気の呪文……。
「どうしよう……」
私はずっと悩んでいた。
 二学期が始まってすぐのこと。
「文化祭でバンドをやりたいのですが、お姉様にヴォーカルをお願いしたいんです!」
バレー部の後輩からの願いが、私を悩ませている原因。
確かに、皆でカラオケに行ったりして歌うことは好き。
でも、バンドを組んで歌を披露するなんて考えたこともなかったし。
正直言って自信があるわけでもないし、それに何だか恥かしいし……。
後輩のすがるような目を見てしまうとついつい断れなくて結論を先延ばししてしまっていたのだけれど、もういいかげん結論を出さなくてはいけないこともわかっている。
双子の弟からは少し背中を押してもらったのだけれど、もう一歩、決断出来なくって。
「どうしよう……」
いくら考えても堂々巡りになってしまい、ため息と一緒にこれしか出てこない言葉を口にした時だった。
「あれ?関谷さん。ため息なんかついてどうしたの?」
その声にはっとなって振り向く。
「こんにちは」
笑顔を浮かべて立っているのは同級生の男の子。
「あ……こんにちは」
挨拶を返しながら、またこのタイミングなんだなぁと不思議な偶然を感じる。
 彼とは三年間ずっと一緒のクラスでよくしゃべる友達。
一年生の頃から遊びに行ったりする仲良しグループでも一緒で。
そして、いつも感じる偶然は、ただの良くしゃべる友達というだけでなくって、私が困ったり、悩んだりしているときにひょっこりと彼が現れること。
今回もそうだ。
でも、このタイミングで彼に会えて良かったと思っている自分がいることにも気付いている。
「あのね、ちょっと悩んでいることがあって……」
素直に今悩んでいることを口にする。
いつも感じる偶然の後は、私が悩みを口にして、彼が腕組みしてしばし考える。
そして、ちょっとしたアドヴァイスをくれるのだ。
彼の話を聞くと何だかホッとした気持ちになり、そのアドヴァイス通りにすると今までどうしてこんなに悩んでいたのだろう?と思うくらいあっさりと悩み事が解決してしまう。
 そんなこともあって今回もいつも通り自然に悩みを打ち明ける。
「バンドなんかやったことがないし、みんなの前で歌うなんて何だか恥かしいし」
私の話に彼がう〜んと腕組みして考えるのも、いつものこと。
少ししてから腕組みをといてポツリと「関谷さん、やってみたらどうかな?」
の一言。
「前一緒にカラオケ行った時の関谷さんすごく上手だったし、なかなかバンドなんてやる機会ないだろうからチャレンジするのも悪くないと思うよ」
いつも的確な彼のアドヴァイス。
「え?うん……そうだねぇ……」
でも、今回だけはまだ決心が出来ない。
「あれ?関谷さんもしかしたら嫌なのかな?」
いつもはアドヴァイスにすっきりと返事が出来るのに、今回は口ごもった中途半端な答え方になってしまったのに気付いた彼が聞いてくる。
「うん……。もし上手く歌えなかったらってどうしようって思っちゃって」
彼に戸惑う気持ちをもう一度ぶつけてみる。
「そうかぁ……なら僕が『勇気の呪文』を上げるよ」
ニッコリと笑って彼が不思議な言葉を口にする。
「え?勇気の……呪文?」
「そうだよ」
私の疑問にまたニッコリ笑顔を浮かべて、そしてその言葉を口にする。
「100%の自分でファイト!」
そして、彼にもらった「勇気の呪文」がこの言葉。
「あの……ね。関谷さんも、僕もそうなのだけど、いきなり今より凄い力がでるってほとんどないと思うんだ。だから、今ある100%の力が出せればそれが一番。これが僕の『勇気の呪文』なんだ」
彼の言葉にずうっと悩んでいたことがだんだん小さくなってくるのを感じる。
「100%の自分でファイト!」
つぶやくと、心が決まってくる。
「ありがとう。うん、やってみる」
私の返事に彼はニコニコ笑顔のまま頷いてくれた。
「お姉さまのヴォーカル、最高でした!」
後輩が瞳をウルウルさせている。
 決心をしてからあっという間にやってきた学園祭のステージ。
ステージに立つ直前も歩けないくらいドキドキしてしまっていたのだけれど。
でも、あの『勇気の呪文』を唱えたらすぅっと気持ちが楽になって。
「みんなー、行くよ!」
掛け声一つでメンバーが一つになれた気がして、自分でもびっくりするくらいノリノリで歌うことが出来た。
たくさんの拍手をもらいながらステージを降りて、ホッと一息。
先ほどの演奏のことを興奮気味に話す後輩に、適当に話しを合わせながらも視線は探していた。
そう、私に『勇気の呪文』をくれた彼のことを。
でも、会場で姿を見つけることは出来なかった。
後輩と別れてからあちこち探してみても見つけることが出来なかった。
「はぁ〜あ、どうしてこう言う時には現れないんだろう?」
 夕方、体育館の片隅でため息一つ。
悩んでいるときには不思議なくらいタイミング良く現れるのに、解決してお礼を言おうとすると見つけることが出来ない。
今日もそうだ。
体育館ではちょうどダンスが始まるところで、それぞれ思い思いのパートナーと音楽が始まるのを待っているカップルの姿が目立ってきている。
一緒に踊ってくれる人もいないし、帰ろうかな。
そう思って体育館を出ようとした時、耳に残っているあの言葉が聞こえてきた。
「100%の自分でファイト!」
「え……この呪文は」
思わず、声のするほうに視線を向ける。
「あっ!」
そこにいたのは探していた彼だった。
「探してたんだよ……あれ?どうしたの?」
いつもの笑顔を浮かべてはいるけれど、妙に黙ってしまっている彼。
そんな彼のことが妙に気にかかって聞いてみる。
「うん……えーと、あの、ね……」
ようやく口を開いてくれたのだけれど、なかなか言葉になって私のほうにぶつかってこない。
何だかドキドキした気持ちになって、彼のほうをじっと見てしまう。
ちょっとだけ沈黙の時があって。
「関谷さん、ダンス一緒に踊ってくれない?」
私を真っ直ぐに見つめた彼からのお誘いの言葉。
その瞬間、はっとなる。
「もしかして、さっきの呪文は……」
多分そうなのだ。
この一言のための『勇気の呪文』だったんだ。
ドキドキが更に早くなって胸を早鐘のように打ってくる。
どうしよう、どうしよう……。
心臓はドキドキ、頭の中は真っ白で「どうしよう」だけがグルグルまわる。
ほんの少しの間だったような気もするし、ずいぶん長い間だった気もする。
「私の気持ちは……そうだよね」
自分の気持ちを間違いないよねと確認する。
その気持ちを口にする前に……。
「100%の自分でファイト!」
『勇気の呪文』をとなえてから……。
「うん、一緒に踊ろう!」
彼に右手を差し出す。
「暖かい……」
握り返してくれた彼の手は大きくて暖かかった。
 あの文化祭から修学旅行があって、冬が来て、お正月が来て、受験があって。
今日は中学の卒業式。
「私達、好きって気持ちはお互い一緒」
文化祭のダンスではっきりした気持ち。
 でも、今日まで気持ちを伝え合うことが出来なかった。
「受験勉強、結構大変だったし」
言い訳をするようにつぶやいてみる。
 もともと成績の良かった彼の進路は公立の進学校。
レベルの高い高校だったから、彼の邪魔をしないように受験が終わるまでは気持ちを伝えたりするのを控えようと思っていたら彼も私の受験勉強に気を遣ってくれていたみたいで、結局今日まで来てしまって。
どうしようどうしようって思っていたら彼から「話したいことがあるのだけれど」のお誘いがあって。
「いた……!」
 待ち合わせ場所、2分前、彼の姿を発見する。
またドキドキと胸の鼓動が早くなる。
ちょっと立ち止まって深呼吸一つ、そして……。
「100%の自分でファイト!」
願いを込めながら『勇気の呪文』を口にする。
「ゴメン、待った?」
私は手を振りながら彼のもとへと駆け寄っていった。
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権藤ゆーき / 2006(p) Lovetale vox