「ふぅ」
空港から乗り込んだバスが想像以上に目的地までの時間が掛かったことと、スーツケースの重さに柊はため息を一つついた。
日本とは比べ物にならない広大なこの国で、車なしの生活でよく耐えているなぁとスーツケースを転がしながら久しぶりの再会となる友人に思いをはせる。
「彼女と結婚して、外国に行く」
彼から聞かされた決心には思わずびっくりさせられた。
どちらかというと消極的で目立たない存在であった彼が高校卒業と同時にそのような決心をするとは考えても見なかったからだ。
そして周りの反対を押し切って結婚した二人が旅立ってから早くも半年。
大学に進学してからの最初の夏休みをバイトに明け暮れて、旅費を稼ぎ出すことに成功した柊は二人の両親から預かった様々な生活用品を抱えて彼らの住む町へと向かったのだ。
高校時代妙にウマが合い、親友づきあいしていた彼が気になっていたことと、口でこそ反対しているものの今となっては幸せを願っている彼らの両親から託されたメッセンジャーとしての役割。
生まれて初めて踏みしめる地への好奇心以上に気になる友人。
元気でやっているだろうか?
そんなことを考えていた柊の耳に懐かしい声が聞こえ、懐かしさを覚えながら手を振る。
「ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃったな」
久しぶりに会う友人は遅れてきた詫びの言葉を口にすると柊の引きずっていたスーツケースを代わりに引っ張る。
「いいや、気にしてないよ。それよりも久しぶりだな、元気にしていたか?」
柊はそう返しながら友人の変化をなんとなく感じてじっと見つめる。
優しげな表情とか、体格が変わった訳ではない。
何と言うか、雰囲気が逞しくなった様な感じを受けるのだ。
「ああ、変わりないよ……ん?どうしたんだ、柊」
友の声に立ったままじっと見つめていたことに気がついてあわてながら手を振ってなんでもないとその場をごまかす。
「そうか、なら早く行こうぜ。瑛理子も今日は家にいるし」
そう言って先を行く友。
「瑛理子……そうだよな、もう二見さんじゃなくって彼の奥さんなんだからな」
彼の言葉に改めて二人が愛を育んでいることを気付かされる。
自分と同い年なのに家庭を持ち、相手の夢を全力でサポートしている。
そんな状況が彼をずっとずっと大きく成長させているのだなと抱いた印象の正しさを確信しながら柊は彼の背中を追いかける。
「君の背中はいつの間にこんなに大きく見えるようになったんだい?」
追いかけながらそっとつぶやく。
高校時代とはまったく違う大きくて力強い後ろ姿。
「大切なひとを守るって言うのはこんなに人を大きく成長させるのだな」
同い年の友人に頼もしさと、ちょっとだけうらやましさを感じながら柊はその大きな背中に追いつくべく小走りになった。
彼らの住むアパートは降りたバス停から10分ほどのところにあった。
「このアパートからなら瑛理子の通う大学も、僕が働いている所へも10分くらいで行けるから便利なんだ」
彼の説明を聞きながら柊はアパートを、そして周りの風景をぐるりと見渡す。
新しいとはいえないけれど、無骨でがっしりとしたアパート。
そして少し先に軒を連ねるこまごまとした商店達。
「ん?どうした」
立ち止まってそんな光景を眺めていた柊は彼の声に振り返る。
「ああ、安心していたんだ」
柊の答えに首をひねる彼に「決して余裕があるわけじゃないだろうし、車も持っていないって聞いていたから普段どうやって生活しているのかと心配していたんだ。でもこの街なら歩いて全部まかなえそうだから大丈夫だなって」
「そうなんだ。僕も始めは心配だったのだけれど、住みやすいし、いい町だと思っているよ」
彼も納得したようなにっこり微笑みを返しながら「よいしょ」と小さな掛け声でスーツケースを抱えて階段を上り始める。
その笑顔にさらに安心感を増しながら柊も彼に続いて階段を上り始めた。
「久し振り、二見さ……おっと、今は二見さんじゃなかったな」
彼女を旧姓で呼んでしまいかけた柊は慌てて訂正をする。
「ああ、柊。久し振りね。別に二見でも構わないわよ」
初めて自己紹介したときも彼女はこうやって腕組みしながら呼び捨てだったっけ。
でも、以前ほどはそっけなくない感じだなぁなどと考えながら柊も「瑛理子さん、って呼び方に慣れるまで二見さんと呼ばせてもらうよ」と返事をする。
「さぁ、奥の方へ」
数歩で端から端まで歩けてしまう廊下を促されるままに通過して奥の部屋に入る。
「ここがリビング、後はベッドルームとキッチン。バストイレはこっち」
広大な国のアパートにしてはこじんまりとした部屋数は彼の説明を手短に終わらせる。
「あまり広くはないけれど、二人で住むには問題ないよ」
少し照れたような彼の笑顔に「もう少し広くても良いのだけどね」と言いながらも彼女も日本では見たことないような幸せそうな笑みを浮かべる。
「そうか、家庭を持つって言うのは彼だけを変えさせたのではないんだな」
その幸せそうな表情に納得しながら柊はメッセンジャーの役割を果たすべくスーツケースの中のものを取り出し始めた。
「……で、これが君のご両親から」
彼たちの両親から託された日常生活に役立つ様々な品物と生活資金。
柊はスーツケースの半分以上を占めていたそれらを一点一点説明しながら丁寧にテーブルの上に置き終えた。
「いや、助かるよ」
彼は素直に喜びを顔に出す。
「重たい荷物、悪かったわね」
相変わらずのぶっきらぼうな口調ながらも彼女も感謝の言葉を口にする。
「ところで……」
柊が口を開く。
「もし良かったら食事にしないかい?」
大役を果たし終えたことで、空腹感が柊を襲ってきたのだ。
「ああ、そうだな」
そう言って彼が彼女のほうを見る。
「準備は出来ているわよ」
彼女も予想通りと言った表情で立ち上がる。
「じゃあ、僕がコーヒーを入れよう。柊、ちょっと待っていてくれるかい?」
彼も立ち上がると二人でキッチンのほうに向かう。
まずは彼女のほうが「おまたせ」とテーブルの中央にメインディッシュを置く。
「これって、二見さんが作ったのかい?」
質問に頷く彼女に柊はビックリしたような声を出す。
「何かおかしい?」
意外そうなリアクションをいぶかしがるような表情を彼女が浮かべる。
「いや、二見さんが料理をするなんて思わなかったから」
柊は正直に理由を口にする。
「なぁに?ジャンクフード食べているばっかりのイメージ?」
彼女の問いに「彼からはずっと前にそのイメージを聞いているからなぁ」と思い出しながら柊がうなずく。
「まあそうかもね。でも、サンドイッチなんか料理の内に入らないと思うわよ」
左手を口元に当てる独特のポーズで淡々と答える彼女。
「瑛理子が料理をするなんて思わなかっただろう?それは瑛理子特製の『ラヴリーサンド』なんだよ」
コーヒーの良い香りと一緒に彼が口をはさむ。
「ラヴリーサンド?」
柊は聞きなれない言葉にまたビックリしたような声を出す。
「そう、それはね……」
コーヒーカップを置きながら、彼がその理由を話し出した。
二人が一緒になり、海を渡ってからまもなくのこと。
慣れない生活に体調を崩した彼が高熱を出して寝込んでしまったのだ。
幸い、ただの疲労が原因だったことと彼女の献身的な看病が功を奏して熱は程なく下がったのだが、困ったのは食事であった。
「熱が下がったって言ってもとても起き上がれるような状態ではなかったし」
彼がその時を思い出したかのようにため息交じりに言葉を口にする。
「私は料理なんか作ったことなんてなかったし、そんなときに限ってお金もなくって」
彼女も口をはさむ。
「それでも、何か口にしないといけないと思ってキッチンに立ったのだけれど」
彼女の口調もため息混じりになる。
「冷蔵庫の中身もほとんどカラッポだったの」
途方にくれながらもそれでも片隅にはハムやベーコンの切れ端やレタス、卵がいくつか転がっていたのを発見する。
しばらくたって、彼が寝ているベッドサイドに彼女がもってきたもの……。
「それが『ラヴリーサンド』だったんだ」
今度は一転明るい表情の彼。
ボイルした卵と、後は冷蔵庫にあったものをパンにはさんだサンドイッチ。
「美味しかったよ。あれですっかり元気になることが出来たから」
「冷蔵庫にあったものをはさんだだけなのだけどね」
美しい黒髪に右手を当てながら「でも、私にしては上手に出来ていたと思うわ」と彼女が少しだけ得意げな表情になる。
「だから、今日は柊にも『ラヴリーサンド』を食べてもらおうと思って瑛理子にリクエストしておいたんだ」
「今日のは冷蔵庫の残り物じゃなくって、色々買ってきたものをはさんであるわよ。さぁ、召し上がれ」
得意げな表情のまま彼女もサンドイッチを柊に勧める。
「いや、すごいよ。瑛理子さん」
「……なぁに?いきなり名前で呼んだりして」
彼女の瞳がまん丸になる。
「僕はこっちに来てから彼がずいぶんたくましくなったなぁと、そればっかり思っていたんだ」
もちろん、瑛理子さんも幸せそうだけど。と言葉を継ぎながら柊は思ったことを正直に告げる。
「でも、二人で愛を育むってことは彼だけじゃなくって瑛理子さんもたくましくさせたんだな。それならもう二見さんじゃないなってさ」
そう言われた二人が見つめあいながら微笑んだ。
その表情をしばらくうらやましそうに見ていた柊は再び鳴り出した空腹に気付いてサンドイッチに手を伸ばす。
「それじゃぁ、いただきます……ん?」
ガリッと言う想像していなかった食感にパンにはさんだものをまじまじと見つめるとそこにはポテトチップスがはさんであった。
「ああ、本当はイモサラダをはさもうと思ったのだけど」
柊の不思議そうな視線に気付いた彼女が口を開く。
「スーパーにジャガイモがなかったの。それで、代わりにポテトチップスをはさんでみたの。だって、元はジャガイモでしょ?」
左手でポテトチップスサンドを美味しそうに頬張りながら説明する彼女。
柊は唖然とした表情を浮かべて「まだ二見さんと呼んでも良かったかな?」と思い直しながら『ラヴリーサンド』をガリガリと音を立てて食べ始めた。