中学生活も後わずかとなった三月。
通いなれた道を登校していく仲良し三人組。
でも、少し様子がおかしい。
いつもだったらおしゃべりと笑い声が絶えないのに、三人ともつまらなそうな表情で押し黙って歩いている。
やがて、学校に到着すると一人クラスの違う翼子がそのまま別れて下駄箱へ。
残された梢と遊季も黙ったまま靴を履き替えてそのままクラスに向かう。
三人が押し黙ってしまったのは、ちょっとした口ゲンカをしてしまったから。
原因は登校してくる道すがらでのちょっとした会話の行き違い。
「おはよう!」
元気な声と一緒に翼子が駆け寄ってくる。
「翼。おっはよぅ!」
「おはよう」
「今日もいい天気だねぇ」
家の近い梢と遊季が始めに一緒になって、そして翼子が駆け寄ってきて合流する。
そして尽きることのないおしゃべりと笑い声。
仲良し三人組のいつもの登校風景。
今日も、いつもの登校風景のはずだったのだが。
「あーあ……」
会話が途切れた時に翼子がため息一つ。
「あら、翼どうしたの?ため息なんかついちゃって」
梢が心配そうに翼子の顔をのぞき見る。
「朝ごはん足りなかったの?」
口調は冗談混じりながら、遊季もちょっと心配そうな表情になる。
「ううん、ご飯はちゃんとおかわりして食べてきたよ」
ふるふると翼子が首を振る。
「でもね……考えてみたら三人で一緒に学校へ行くのってもうあと少ししかないんだなぁと思って」
「ああ、そう……ね」
梢が寂しそうな表情で納得する。
「三人とも見事にバラバラの高校だしね」
遊季もつぶやくように一言。
四月からの高校生活。
梢が女子高、遊季が公立高校、そして翼子が公立の進学校と、三人の進路はバラバラになってしまったのだ。
だから、こうやって三人で楽しくおしゃべりしながら登校できるのも卒業式までの後わずかなのだ。
「こうやっておしゃべりしながら登校するのって、すっごく楽しいのにねぇ」
翼子の言葉に二人もうなずく。
幼稚園の頃からずっと一緒だった梢と遊季。
中学入学から少しして友達になった翼子。
性格も、タイプも違うけれど妙に気が合う大事な友達同士になった三人。
「ま、でもお互いに決めた進路なんだし。高校に進学してもいつでも会えるんだし」
寂しい気持ちを振り払うようにブンブン頭を振って遊季が二人に声をかける。
「でも……一緒に登校することは出来なくなっちゃうわよね。寂しくなるわね」
遊季の言葉にうなずきながらも梢が寂しさを口にする。
「んもう、いまさら進路変えるわけに行かないじゃない!高校に行ったらまた新しい友達も出来るって」
「私、そんなつもりで言ったんじゃないわ!」
まるで気にしている身長のことをからかわれた時のように梢がむっとした表情になって反撃する。
「そうよぅ、新しい友達だなんて!私達の友情はどうなっちゃうの?」
翼子も遊季に絡んでくる。
「そういう意味で言ったんじゃないわよ!二人とも何なのよ!」
ついに遊季も爆発、三人険悪なムードのまま押し黙ってしまったのだ。
翼子は翼子で三人の友情を大切にしているからこそ寂しさを感じているし、遊季も寂しい気持ちを出しすぎて二人に心配を掛けたくないというのが言葉になって出てきているのだし、梢だってみんなの進路を尊重しているからこそ後悔ではない寂しさを口にしたつもりだったのだ。
三人がそれぞれ相手を思いながらも、センチメンタルになっている気持ちが行き違いを生んでしまい、気まずい思いを持ちながら学校まで向かうことになってしまったのであった。
三人は一言も会話をしないまま授業の開始を迎えることとなった。
「はい、この文章を佐伯さん訳して」
朝の口ゲンカを引きずってあれこれ考えていた梢はビックリして立ち上がる。
もちろん、授業の内容はまったく頭に入っていなかった。
「え……っと」
困り果てて遊季のほうに視線を送る。
いつもだったら察して教えてくれるなのに、今日はぼけっとした表情のまま無視している。
(ケンカしているから、しょうがないわよね)
遊季の態度にちょっと傷つきながら「すみません」と答える。
先生の注意とクラスメイトの笑いに恥ずかしい思いをしながら着席をする。
と、次に指名されたのは遊季。
同じようにオロオロしながらこちらに視線を投げてくる。
「あれ……?」
遊季も授業聞いていなかったんだということに気づきながらも、内容を聞いていなかったので同じようにぼけっとした表情で無視するしかなかった。
ガシャ!
嫌な音を立ててお皿が割れる。
「もう、翼どうしちゃったの。さっきからぼーっとして!」
「ご、ごめんね」
家庭科の授業中、朝のことを考えていた翼子もまた失敗してお皿を割ってしまったのだ。
慌てて片付けながらも、翼子は朝のことをずぅっと考えつづけていた。
お昼休み。
いつもだったら三人食堂でおしゃべりしながら楽しいランチタイムを過ごすのだけれど。
「んもう、行っちゃう事ないじゃない!」
すぅっといなくなってしまった梢に遊季は不満たらたら。
「いいわよいいわよ。一人で食べれば良いのでしょう!」
プリプリ怒りながら食堂へ向かう。
遠くのほうで翼子が一人お盆一杯に並べられたお皿と格闘している。
「いつもだったら待っていてくれるのに!」
もういいや!とパンを買いに売店へ行ってしまった。
「遊季こないなぁ」
動かしていた箸を止めて翼子がキョロキョロと見回す。
いつもだったら席を取って待っているのだけれど、梢がパンを買ってさっさと行ってしまうのを目撃してしまったのだ。
「梢も気にしすぎだよ、もぅ」
自分のことを棚に上げた翼子は「じゃあ、遊季と食べれば良いや」と思いながらも先に食べ始めてしまったのだ。
その姿を遊季に見られているとは知らずに。
「もう、全部食べちゃうよ」
つぶやきながら再び箸を動かす。
程なくカツ丼とラーメンが翼子の胃袋に収まり、デザートのみかんに手が伸びる。
「でも、さ……ちょっとばかだったなあ私達」
みかんを口に放り込みながら反省する。
三人とも妙に感情的になってしまったけれど、大切な友達じゃない!
そうだよ、ね。
「何があっても信じていた」じゃない!
「うん、ちゃんと仲直りしよう!」
最後の一房を口に入れながら翼子は立ち上がった。
「おいしくなーい!」
陽だまりがポカポカ暖かいベンチに座ってパンを食べていた遊季は毒づいていた。
出遅れたこともあって結局お気に入りのパンは売り切れ。
代わりに選んだパンは人気がないだけあって今ひとつ口に合わなかった。
「でも、三人で食べていたらここまで感じないんだろうなぁ」
プリンにスプーンを入れながら一人ごちる。
そう、中学に入ってからはいつも三人一緒。
「私だって寂しいに決まっているじゃない!」
プリンを口に運んでつぶやく。
「でも、みんなで寂しい寂しいって言っていたって楽しくないじゃない。三人で過ごせる
中学生活は残り少ないって言うのに!……あ」
二人に文句をつぶやきながら、ふと気づく。
「そうよぅ!残り少ないんだから、ケンカしている暇なんてないじゃない!」
残りのプリンを流し込むように口に入れる。
「早く仲直りしなきゃ!」
ベンチを立つ勢いが遊季のツーテールを揺らした。
「……」
美術室で梢は一人黙々とパンを口にしていた。
牛乳を一口飲む。
「いつもだったら『そうそう、牛乳飲まないと背は伸びないわよ』って遊季が突っ込んでくるところなのに」
いつもとまったく違う味気ない食事。
涙がにじんでくる。
「ばかだな。私、変に意地張っちゃって」
涙をぐっとこらえてつぶやく。
「いろんなことがあって、笑ったり泣いたり。それも全部『大切なキヲク』じゃない!」
「たとえこれから三人別々の道を歩いて行くとしたって、この『かけがえのない日々』を忘れなければ友情は変わりない……そうよね」
確信を込めたつぶやき。
「うん、早く仲直りしましょう!」
梢は心にそう決めて残りの牛乳を「いつか遊季より背が高くなりますように!」
と念じながら一気に飲み干した。
放課後。
「遊季は先に帰っちゃったのかしら?」
梢は不満そうな声を出しながら下駄箱へ向かっていた。
お昼休みの後、早くゴメンナサイを言って仲直りしたかったのだけれど、うまくタイミングが合わないまま放課後を迎えてしまったのだ。
一緒に帰りましょう!と遊季を探したのだが先に教室を出てしまったようだ。
下駄箱に到着して靴を履き替えてから遊季の靴を探す。
「あ、帰っちゃったみたい……」
上履きだけが残されているのを発見してガッカリした声を出したその時だった。
「女の子からのラブレターは募集してないわよ」
冗談っぽい声とともに下駄箱の陰から現れたのは探していた親友。
「ゆうき……」
早く仲直りしよう!と頭ではわかっていても、恥ずかしいのや照れくさいのが交じり合って次の言葉が出てこない。
その時だった。
「ぎゅ」
遊季が手をつないできた。
「帰るとこなんでしょう?一緒に帰りましょ」
もう二人に言葉は必要なかった。
「うん、行きましょう!」
その手を握り返すと梢は歩き出した。
そのまま二人校門を出ようとした時だった。
「待ってよぉ〜」
バタバタと走ってきたのは翼子であった。
「つばさぁ!」
遊季が大きく手を振って歓迎する。
「ゴメンネ、朝は変なこと言っちゃって」
翼子が素直な言葉で二人に謝る。
「私のほうこそ」
首を振りながら梢と遊季の言葉が重なる。
「仲直りできてよかったぁ」
翼子が安心したようにつぶやく。
「もっちろんよぅ!残り少ない中学生活、ケンカなんてしている暇なんてないわよ」
遊季も自分の気持ちを口にする。
そんな時であった。
Illustrated by pingpong TAMADA for Tornado Punchers 21
「あ……」
いきなり梢が驚いた声をあげる。
「どうしたの?」
遊季の問いかけに「ほら、あれ」
梢が指差した方を見て二人が「う……わぁ!」と歓声を上げる。
そう、そこには見事に花を咲かせた桜の姿があったのだ。
「きれいだねぇ」
翼子の言葉にうなずきながら、しばし桜を堪能する。
「忘れない。かけがえのない中学生活」
桜を見ながら梢が口火を切る。
「うん、三人別の道歩くとしても」
翼子が続く。
「さぁ、行きましょう!明日を見つめて、今から新しいスタート切って。でも……三人の友情は変わらない。そうよね?」
確信をこめて遊季が二人に問いかける。
「もちろん!」
満面の笑みを浮かべながら答えが返ってくる。
朝とは打って変わって楽しいおしゃべりと笑い声を響き渡らせる三人。
咲き始めた桜もそんな三人を優しく見送っているようであった。