「まぁ〜ったく、何が『これだったら遊季でも簡単に作れると思うの』よぅ!準備だけですっごく大変じゃない!」
親友を拝み倒して手に入れたレシピに向かって口を尖らせる。
「ま、でも今回だけは文句言っていても始まらないわね」
そこいら中に立ち込める甘い香りに気持ちを新たにする。
「準備は大体できたことだし」
そうつぶやいて周りをぐるっと見回す。
お鍋の中では溶けたチョコレートがくつくつ出番を待っている。
「ごめんなさい」っとこっそり拝借したお父さんのウイスキーに漬け込まれたチェリーやマロン、オレンジピールが大人っぽい味をまとっている。
テーブルの上では発泡スチロールの台座と竹串が、今か今かと出番を待っている。
「さ、ピッチ上げていくわよ〜」
いよいよここからが本番だ。
まずはマロンを竹串で刺してチョコレートの鍋に一直線。
クルクルクルクル溶けたチョコレートを巻きつける。
引き上げてからちょぴっと冷やし、チョコレートが垂れなくなったら用意しておいた発泡スチロールにプスリと立てかける。
オレンジピールも同じ要領。
チェリーは小枝を持ってチョコレートをまとわせてから竹串に刺して発泡スチロールの台へ。
「これで、少し冷やしてっと」
発泡スチロールの台座に咲いたチョコレートの花をそのままにして、テーブルにラップを広げる。
その上にコーンフレークを一口分くらい取り出して、お鍋から溶けたチョコレートをまぶす。
「んしょ……あちちち」
そのままラップをテルテル坊主にしてゴムでキュッとしめる。
「そろそろこっちもいいかな?」
台座の上で少し固まったチョコレートに粉砂糖やチョコレートスプレーをふるってコーディネートする。
「なになに、あとは冷蔵庫で30分ね……ヨシ!」
レシピを確認してから台座と一緒にテルテル坊主も冷蔵庫に押し込んで、傍らにあるラジオのスイッチを入れるとちょうど新しい日を告げる時報がなるところ。
「はぁ、なんとか間に合ったわ。バレンタインデー」
得意のポーズで左手の人差し指をピッと立てる。
そう、今日は一年に一度女の子が気持ちを伝えることの出来る特別な日。
いつもだったらお店で適当に買って、配っておしまいなのだけれど。
「今年はそうはいかないのだから!」
冷蔵庫に向かってつぶやく。
そう、それは今年になってから知り合った違うクラスの彼。
始めは、ただのおしゃべりしやすい友達だったのだけれど。
いつの頃からかなぁ?
彼の姿がだんだん心の中で大きくなってきて。
「そんなに気になるのだったら思い切って告白してみたらどうかしら?」
親友のアドバイスにも、もう一歩を踏み出す勇気がなくって。
だから、このチャンス!
バレンタインデーに気持ちを伝えよう!!と思って。
だから、いつも買っているようなチョコレートじゃなくって、気持ちを込めた手作りのチョコレートをあげたくて。
そして、伝えるの。
「好き!」って気持ちを。
「……あ、そろそろかな?」
時間を確認して冷蔵庫を開け、チョコレートをつついてみる。
「うんっ!いいみたい!」
レシピ通りうまく固まったみたい。
箱の中に用意しておいたアルミのお皿に竹串を外したチョコレートとテルテル坊主から解放したチョココーンフレークを並べて、お気に入りの色紙でラッピング。
仕上げにかわいらしいリボンをかけて完成!
「お願い!気持ちがうまく伝わりますように」
プレゼントに両手を合わせてお祈りをしてからベッドにもぐりこんだ。
「ふわぁ……まだ、甘い感じがするなぁ」
目覚し時計に催促されてゆっくりと体を起こす。
昨日作ったチョコレートの甘い香りがまだ全身を包み込んでいるようで。
「あららら」
なるほど、甘い香りに包まれているわけだと鏡をのぞいて苦笑い。
だって、鏡に映った私の鼻の頭にはまるでコーディネートしたみたいにチョコレートがついていたから。
顔を洗ってチョコレートを落とし、いつもより丁寧にブラッシング。
お気に入りのゴムを選んでトレードマークのツーテールにまとめる。
コンタクトを入れてから鏡に向かってニコッと笑顔のチェック。
「笑顔オッケー!大丈夫。緊張してないわね」
プレゼントだけじゃなくって、最高の笑顔も見せたくって。
チョコレートの入った箱を大事にカバンにしまって準備完了。
「行って来ます!」
元気に家を飛び出した。
「さて……どうしようかな?」
学校に向かう間にあれこれ考える。
チョコレートを用意したのはいいのだけれど、実はウチの学校ではチョコレートをプレゼントするのは禁止されている。
「でも……そんなこと言っていられないわよね!」
先生に怒られたって「気持ちを伝えたい!」のは変えられないのだから。
「遊季ぃ〜、おはよう!」
あれこれ考えていた私の背中がポン!と叩かれる。
「ああ、翼じゃない。おはよう」
肩を叩いた親友におはようを返す。
そのまま二人おしゃべりしながら登校する。
「ところで、今日バレンタインデーだよね?」
「う……うん、そうね」
親友の言葉に思わずビクリとしてしまう。
「とっても楽しみだねえ〜」
「え……?何が楽しみなの??」
予想もしていなかった反応に聞いてみると「え、だってチョコレートもらえる日なんでしょう?いーっぱいもらえるといいなぁって」だって。
「あのねえ……今日は女の子が男の子にチョコレート上げる日。翼がもらえるわけじゃないの!」
思わず声が高くなってしまう。
「えー!私にはくれないの?つまんなーい」
とたんにがっかりした表情を浮かべる親友にあきれながら坂を登り、学校にたどり着く。
「それじゃあ、またお昼休みにね」
チョコレートをどこで渡そうか?の考えがぜんぜんまとまっていないのに気が付いたのは親友と別れた後だった。
「困ったなあ、どうしようかなぁ?」
結局放課後になるまで全くチャンスはなくって。
「仕方がない、げた箱で待ち伏せしよう」
カバンの中のチョコレートに話し掛けて席を立つ。
……。
「それにしてもこないわねぇ」
げた箱でいくら待っていてもお目当ては姿をあらわさない。
「あれぇ、遊季今帰るところ?」
呼びかけに振り向くとそこに立っているのはお目当てじゃなくって彼の双子の姉。
「え、ええ、うん……まぁ」
なんとなく照れくさくなってちゃんとした返事が出来ないでいると「一緒に帰ろうよ!弟ったら『チョコレートもらえなかったし、ガッカリだよ。もう帰る』
とか言って先に帰っちゃったし誰も付き合ってくれる人いなくてさあ」口を尖らせながら言ってくる。
「えーっ。なんだぁ、帰っちゃっていたんだ」
道理で待っていてもこないはずだ。と聞こえないようにため息一つ。
「ごめんね、ちょぴっと急いでいるの、また今度ね」
ガッカリ顔を見られないように走り出した。
「う〜ん、う〜ん」
門の前で唸りながらウロウロする。
そう、そこは彼の家。
最後の手段で彼の家に直接チョコレートを届けに行くことに決めたのだ。
でも、ベルを押す勇気がもう一つ出なくって。
それでさっきから呼び鈴のそばを行ったり来たり。
「ダメだなぁ!もう、勇気がなくって」
自分自身にダメ出し一つ。
「せっかくお気に入りでコーディネートしてきたのに!」
ベージュのスカート、ブラウンのセーター、買ったばかりのPコート。
そして、プレゼントを大事に入れてあるエンジェルブルーのバッグ。
あれから一旦家に戻ってチョイスしたお気に入り達。
「クシュッ!」
外でずうっとウロウロしていたら思わず小さなくしゃみが一つ出る。
「どうするの、渡すの?それとも怖がって帰るの?」
自分の心にもう一度問い掛ける。
親友を拝み倒して書いてもらった手作りチョコのレシピ。
夜遅くまでかかって作りあげた甘い甘〜いスウィートチョコ。
このチャンスに「気持ちを伝えよう!」と決心したこと。
このまま帰っちゃったら、全部が台無しじゃない!
「……うん。このまま帰っちゃったら絶対後悔する。そんなの絶対に嫌!」
改めて自分の気持ちを確認すると、思い切ってベルを押す。
ドキドキしながら応答を待つ……その時だった。
「あれ、紺野さんじゃない?どうしたの。かなに用事?」
玄関から出てきたのは待ちに待った彼。
やったぁ!と小さくガッツポーズ。
「ううん、違うの。あなたに用事があって来たの」
そう言ってバッグから大切に入れておいたプレゼントを取り出す。
Illustrated by pingpong TAMADA for Tornado Punchers 21
精一杯の笑顔を浮かべながらプレゼントと一緒に想いも込めて彼の元に差し出した。