ブルル、ブルル……。
マナーモードにしておいた携帯電話が着信を知らせる。
彼女は先生に見つからないようにこっそりとディスプレイを覗き込む。
メール着信の表示を確認、急いでメールチェックする。
「あと1つ」
短いけれど、力強い言葉。
彼女の表情が不安から少し笑顔に変わる。
「頑張って」
ちらりちらりと先生のほうを確認しながら着信と同じくらい短いレスを返す。
後の授業は上の空でただただ願いをこめる。
「情熱届け!」と。
授業が終わり、教室を出ようとする彼女に友達が声をかける。
「茜、帰るの?だったら一緒に帰らない?」
「ごめーん、寄るところがあるんだ」
一人で寄りたい所がある彼女は両手で小さくバツ印を作る。
「なーんだ、残念……それよりさぁ」
「え……何?」
いきなり声を潜める友達に彼女の声も疑問形になる。
「授業中にメールやり取りするんならもっとうまくやりなよ。あれじゃあ先生に見つかっちゃうよ」
「え……バレてた?」
こっそりやっていたつもりだったのに?と右手を口元に寄せる。
「バレバレよ!まったく、見ているこっちのほうがハラハラしていたのよ。いっくら近頃携帯持ったからって……でも、授業中までメールやり取りしているなんてカレシとよっぽどうまくいっているのね。で、どんな会話しているの?」
友達の突っ込みに「それは……ヒ・ミ・ツ」と軽くかわす。
「あ、もう気になるじゃない!」
「あはははっ、じゃあね!」
右手を軽く振ると小走りで校門を飛び出す。
背中にはまだ友達の声がぶつかってきていた。
バスケットで鍛えたしなやかな両足が空中を舞う。
少し息を弾ませながらたどり着いたのが小高い丘の上にある自然公園。
さらに足を向けたのがその中でもさらに緑が広がっている場所。
青々と広がる緑があたかもちょっとした草原の様になっている。
ポフン!
草原の海に飛び込むとう〜んと伸びをひとつ。
緑のにおいとさわやかな色が弾んだ息を落ち着かせてくれ、彼への思いがより強くなる。
彼女はそのままひざを抱えて彼のこと、そしてここでお互いの思いを強くしたあの日のことを思い返していた。
「そんなことわかってる……だけど」
「私もわかっているわ……けど」
二人共相手の目を見つめながら言葉が途切れる。
想いが通い、恋人同士になった二人。
でも、想い合いながらも彼の転校で二人離れ離れになってしまったのだ。
信じてはいても、会えない寂しさや不安が二人の間を微妙にギクシャクしたものに変化させていって。
折角の再会もお互いのすれ違いがちょっとした気まずい雰囲気を作り上げてしまったのだ。
あそこへ行って、お昼はあれを食べて……。
二人それぞれ描いていた楽しいデートも台無し。
「このままじゃダメね……そうだ!」
彼女がつぶやくと気まずい雰囲気のまま歩き出す。
「どこに向かっているの?」
いきなり歩き出した彼女に疑問の声がかかる。
「うん……。気持ちが落ち着ける場所に行きたいなと思って。いいかしら?」
彼女の答えに同じ思いだった彼も「そうだね、いいよ」と賛同する。
そうしてたどり着いたのが自然公園だったのだ。
「あ、ここ良いね」
「でしょう。ここの風景好きなの……でね、こっちこっち」
彼の言葉に少し機嫌を直した彼女が彼の手を引っ張る。
「はいっ。私が一番好きな場所」
「う……わぁ」
彼の言葉が途切れる。
そう、そこは草原の海。
「……」
二人黙ったまましばらく草原の緑を見つめる。
瞳に映る草原の海は柔らかく、青々と広がっている。
その色、そして何にも負けず茂ってゆく姿を見ていくうちにささくれ立った心がいつの間にか穏やかになって行くのを二人とも感じ始めていた。
「茜ちゃん、ごめん」
彼が最初に口を開く。
「『遠いからなかなか会えなくってサミシイ』そんなのわかっていたのにね。それでもお互い『好き』って気持ちがあったからこうして恋人同士になったのに
……。私のほうこそゴメンナサイ」
彼女も素直な気持ちをお詫びの言葉にこめる。
「良かった。これでほっとしたよ」
彼の笑顔に彼女も思わず安心した表情を浮かべる。
「じゃあ、デートの続きしようよ!」
彼がそう言いながらいきなりポーン!と草原にダイブ。
「気持ちいい!茜ちゃんもおいでよ」
まるで海に飛び込んだかのように体を動かしながら彼女に手を振る。
「あ、待ってよ!」
彼女も草原にダイブ。
ひとしきりはしゃいだ後でしっかりと抱き合う。
二人の頭に絡みついていた草がまるで波しぶきのようにはらはらと舞い降りていった。
「約束しよう」
肩を抱いたまま彼が力強く切り出す。
「うん?何を?」
彼女が小首をかしげる。
「うん、これからもサミシイ気持ちになるときがあると思う。その時にはこの草原を思い出して今みたいな落ち着いた気持ちに戻ろうって」
「うん。私も約束する!」
彼の提案に彼女も大きくうなずく。
「それともう一つ、茜ちゃんにバスケットがあるように僕も今頑張っていることをもっと頑張る……全国制覇を目指して」
「嬉しい!お互いに少しずつ前に進んでいきましょう!無心に伸びてゆくここの草原のように……離れていてもここの草原を心に浮かべることでいつも一緒になれるしね」
彼女も彼の決意に。喜びの声をあげる
「僕たちの『心の草原』だね」
ちょっと照れくさそうにつぶやく彼の唇に、彼女はそっと唇を寄せていった。
Illustrated by pingpong TAMADA for Tornado Punchers 21
「そして今日なのよね」
ひざを抱えて回想にふけっていた彼女がふと顔を上げる。
そう、彼が目指している全国制覇。
後1つで決着がつくところまできていたのだ。
「もうすぐと思うのだけれど」
そう、二人で誓い合った「心の草原」
ここで彼の願いがかなうことをお祈りしたくて、走ってきたのだ。
「頑張ってる?負けたら承知しないゾ!」
草原の海の中で祈り続ける。
「……来た!」
一陣の風と共に届いたメール。
ポニーテールを押さえながらメールを見る彼女の表情がぱぁっと明るくなり、心の草原に光をともした。
(Congratulations!T2)