権藤ゆーきのストーリー
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make up my mind
 バタバタと足音が聞こえる。
予定通りの遅刻ギリギリ。
「おまたせ〜」
翼子がおれの腕めがけて飛び込んでくると風がふわりと動き、香水の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「いつも通りのピッタリだな」
つい先日二人で選んだ香りを心地よく感じながら額をチョン!とつつく。
「エヘヘ、ごめーん」
少し伸びた髪をサラサラさせながら翼子がぺロリ、と舌をだす。
「よっし、行こうぜ」
からめてきた腕を引っ張るようにしていつものデートがスタートする。
 たくさん食べて、たくさん笑って、たくさんおしゃべりして、たくさん触れ合う。
いつものデート、楽しい1日。
二人で過ごす時間はいつもあっという間に過ぎていく。
「あ、もうこんな時間だ」
ふと腕時計に目をやったおれは思ったよりも過ぎている時刻にビックリした声をあげる。
「本当、あっという間だったねぇ」
その声に携帯電話のディスプレイに映る時刻を確認した翼子からも同じような驚きの声。
「送って行くよ」
おれの提案に大丈夫とふるふる首を振る翼子。
お別れのキスをすると「じゃぁねぇ〜」と手を振りながら走り去ってく。
「髪形や香水が変わっても、バタバタ元気に走っていくのは変わらないなぁ」
翼子がつけている香水の残り香を甘く感じながらその後ろ姿を笑顔で見送る。
軽やかな靴音が消えるまで見送ったおれはタバコに火をつけてふぅっと煙を星空に吐き出す。
「もう十年になるんだなぁ」
星空に向かって今度は言葉を吐き出す。
 かけがえのない大切な彼女……翼子と初めて出会ったのは中学三年になってまもなくの事だった。
髪を後ろでキュッと結んで、いつもバタバタ走っている女の子。
おれとかなが双子だっていくら説明しても早とちりして、勘違いして。
「工藤さんって変わっているよなぁ」
おれが翼子に抱いた第一印象がこれだった。
でも、ご飯を食べている時も、部活の水泳部で泳いでいる時もいつも全力、
一生懸命な彼女にいつの間にか惹かれていって……。
卒業式の日に想いを確かめ合うことが出来たおれ達は、めでたく恋人同士になることが出来た。
それから十年。
時にはケンカすることもあったけれど、おれ達の絆は確実に強いものになっている。
おれ自身実感しているし、翼子も同じ思いだろう。
しかし、このごろおれは大きな悩みを抱えている。
もう一度星空に向かって煙を吐き出しながら「どうしたらいいのかな?」とつぶやいてみた。
「ありがとう」
そこにはみんなの祝福をうけ、恥かしそうにはにかむウエディングドレス姿のかなめがいた。
いつも一緒だった双子の姉が結婚する。
いつかは来ることと頭ではわかっていたけれど、現実を目の当たりにすると何だか信じられない思いがする。
でも人前式、披露宴と時が立っていくにつれて「ああ、これが現実なんだな」
と素直に祝福する気持ちになっていった。
 友人として招待された翼子も素直な祝福の表情を浮かべている。
そんな翼子の表情が視界に入ったときだった。
「あれ?」
祝福を受けている二人の姿がおれと翼子の姿に変わって見えたのだ。
「そうだよなぁ」
おれ達も付き合いだして長いし、そろそろこういったことを考えなきゃいけない時期に来ているのかもしれないな。
そんな思いがはっきりと悩みに変わったのを感じたのが結婚式の帰りのことだった。
「かなめ幸せそうだったねぇ!」
翼子がニコニコ笑顔でおれに話し掛ける。
「そうだなぁ」
おれもうなずく。
 結婚式が終わり、翼子を送りながら帰ってく道すがら。
披露宴の話でもちきりになっていたその時のこと。
「ウエディングドレスきれいだったねぇ。あたしも着てみたいなぁ」
翼子のそんな言葉に披露宴の時に感じた気持ちがよみがえる。
結婚?そうだよな。真剣に考えなければいけない時期に来ているのかもしれないな。
 確かに、翼子とは付き合いだして長いし、もう離れることなんて考えられない。
でも、まだ会社勤めして間もないおれに翼子を幸せにすることが出来るのだろうか?
もう少しちゃんとしてから迎えた方がいいのではないか?
「ねぇ、どうしちゃったの?難しい顔しちゃって」
考え込んでしまったおれは翼子の言葉にはっとする。
「い、いや……何でもないんだよ」
慌てて取り繕った後もおれはそのことを考え続けていた。
「結婚式って費用はどのくらいかかるんだろう?」
「新居を構えて、二人で生活して……」
 あれから毎日のようにおれは悩み続けていた。
仕事をしていても、食事をしていても、風呂に入っているときも。
……翼子と会っている時でさえも、そんな疑問がふとした瞬間瞬間におれに問い掛けてくる。
 もちろん、翼子が大切な人であることに変わりはない。
いつの頃からかわからない位ずっと前からいつかは翼子と一緒になるんだろうなと言った思いを持ち続けていることも確かだ。
それでも、現実的に考えるとなると……。
翼子に相談してしまえばいいのかな?と思いながらも何となく言い出すことができないおれはますます悩みを深くしていた。
「ねぇ、聞いてる?」
翼子がおれの顔を覗き込む。
「あ、あぁゴメン。かなのお祝い会だろ?」
例によって悩んでいたおれは慌てて翼子の目を見つめ直す。
「そうだよぅ。待ち合わせて一緒に行くよねぇ?」
翼子の質問にもちろんと頷く。
「結婚式の時はみんなとゆっくりしゃべれなかったからなぁ」
高校進学で見事なまでにバラバラになってしまった中学の時の仲良したち。
でも、なにかにつけては皆で集まり、結束はますます強くなっている。
で、今度は新婚旅行から帰ってきたかなを囲んでお祝い会をやろう!という計画なのだ。
本当はおれ達も良い報告をして、お祝いをしてもらいたいのだけど……。
「ねぇ、ねぇってばぁ!」
またも考え込んでしまったおれは翼子の叫ぶような呼びかけにゴメンゴメンと謝るしかなかった。
「あれ、どうしたの?その髪型」
待ち合わせ場所に現れた翼子の髪形を見ておれはビックリした声を出す。
「エヘヘ……ちょっと、ね」
照れたような笑いを浮かべながら翼子が頭の後ろに手をやる。
そこには昔のようにキュッとまとめられた髪が。
それはまるでお互い初めて行き会った時を思い出させるかのよう。
「ふぅーん」
その意味を図りかねたおれは頷くしかなかった。
「かなめおめでとう!はい」
翼子がビールを注ぐ。
「ありがとう、はい」
かなめの返杯に一気にコップを空にする翼子。
「あれぇ、すごい飲みっぷりだねぇ」
半分あきれたような声を出しながらかなめがお代わりをコップに注ぐ。
それもまた一気に飲み干してしまう。
「翼、飲みすぎだよ。大丈夫?」
隣に座っていた佐伯さんが心配そうな声を上げる。
「大丈夫大丈夫!それより梢も飲もうよぅ」
逆に佐伯さんのコップになみなみとビールを注ぐ翼子。
 蒼月さん、紺野さん、佐伯さん、二階堂さん、本条さん、里佳、かな、太一、実。
実の隣には一途な思いを学生結婚という形でかなえた和泉……もとい、久保田結由子ちゃん。
そして翼子とおれ。
中学卒業してからも何かにつけては集まる仲良し同級生達。
集合場所が高校時代のハンバーガーショップから成人して居酒屋に変わっても楽しいひと時を共有することが出来るのは変わらない。
だからこそ家業を継いだ太一も時間をやりくりしてきてくれるし、今は勉学のため美空の町から離れている二階堂さんもこのときだけは里帰りしてくれるのだ。
そんな貴重な時間を共有するのだから、いつもいつも盛り上がりを見せる。
男連中だけでなく、あまりお酒を飲まない佐伯さんや結由子ちゃんが飲みすぎてつぶれてしまったこともあるくらいだ。
「皆と会うと、懐かしい場所に帰ってきたような気がするの。だからかなぁ、いつもよりはしゃいだ気持ちになってしまうのは」
蒼月さんの言葉がこの集まりの仲良さを何より表しているだろう。
 でも、今日はいつもとちょっと違う雰囲気を感じる。
行動的でいつもは会を仕切っている紺野さんが何か不機嫌そうな視線をこっちに投げてくるし、翼子は翼子でいつもよりはしゃいでいるし。
まぁ紺野さんも気分屋な所があるし、翼子もかなの結婚式の時はみんなとあんまりしゃべれなかったみたいなことを言っていたし、それでかなぁ?
おれは二人のことをそんな風に考えると、例の悩みを少しだけ頭の隅に追いやって実や太一との話に花を咲かせていたのだが。
「あーっ!翼ぁそのサワー私が頼んだやつじゃない!」
紺野さんの抗議の声。
「えへへ、もらっちゃったぁ〜」
どうやら、紺野さんの頼んだサワーを翼子が横取りしてしまったようだ。
「んもぅ、しょうがないわねぇ!弟くん、ほら私の分追加頼んで!」
「え、なんでおれが?」
「当たり前でしょう!まったくぅ!ホラ、早く頼みなさいよ!」
紺野さんのなぜか当り散らすような言葉におれは仕方なく「すいませーん」と店員さんを呼ぶ。
「えーっとレモンサワー……」
「2つにして!」
遠くのほうから翼子の元気な声。
え?と振り向くとさっき紺野さんから横取りしたサワーが見事に空になっている。
「おいおい、いくらなんでも……」
「いーからいーから。さ、盛り上がろう!」
おれの言葉を無視するように、翼子の元気の良い声だけが響いていた。
「あーあ、あんなに飲むからぁ……」
「うるさいわねぇ。大切におぶりなさいよ!」
おれの不満げな声は紺野さんの声にさえぎられる。
 結局盛り上がりに盛り上がった翼子がつぶれて宴席はお開きになった。
んで、おれが翼子をおぶり、紺野さんと送っていくことになったのだ。
「まったくあなたが情けないから翼がこうなるのよ!」
 馴れ馴れしいような横柄な口調は昔から変わらないのだが、今日の紺野さんの言い方が妙におれを怒っている様に思えて気になる。
「ねぇ、紺野さん今日何でそんなにご機嫌斜めなの?」
その疑問を口にしたときだった。
「あのねぇ、あなたまだ気づかないの?」
立ち止まった紺野さんがこれ以上ないような怒りの表情をおれに向ける。
「え……?」
そのあまりの表情におれの足も止まる。
「それ、どういう意味?」
「だからぁ、悩んでいたのはあなただけじゃないってことよ!本当にニブイわねぇ」
「あ……」
思わず、背中の翼子に視線を向けて、やっと気が付く。
酔いつぶれているだけでなく、何かを思い悩んでいるような表情を感じることができたのだ。
「もしかして……」
つぶやいたおれに紺野さんが表情を変えずに怒る。
「まぁったく、何が『もしかして……』よ!あなた翼と何年付き合っているの?」
そして、紺野さんの表情が寂しげになる。
「翼ねぇ、泣きながら私のところに相談にきたのよ。『彼、かなめの結婚式の後から変なんだ。もしかしたらあたしたち一緒になれないのかなぁ?こんなに好きなのに』って」
言葉の出ないおれに紺野さんが続ける。
「ねぇ、かなめの結婚式の後から何を悩んでいるの?翼子と結婚したくないの?」
そんな紺野さんに、今までの悩みを打ち明ける。
「あっきれたぁ!あなた何バカなこと悩んでいるの?」
紺野さんがため息をつく。
「聞いてくれる?翼が何を一番必要としているのか……それはあなた自身なんじゃないの?
お金をかけた結婚式をやることじゃないんじゃないの?」
「でも、もう少しちゃんとしてから……」
反論しかけたおれは顔の前に突き出された手のひらに言葉を失う。
「翼がいつそんなこと頼んだの?あなたたちって昨日今日付き合いだしたわけじゃないのよ!あなたは翼の全てを知っているでしょうし、翼もあなたの全てを知っていると思うわ。
いまさらちゃんとしてとか何とかって必要なの?」
「そうか……」
紺野さんの言葉が一つ一つ胸に刺さる。
「だから、翼は初めてあなたと出会った時を思い出して欲しくて今日を過ごしたの。それもわからなかったの?」
「あ……!」
そうか、それでか。
確かに初めて出会った頃の翼子って後ろでまとめた髪を振りながら明るく元気にふるまっていたっけ。
「気づいたの髪形だけかしら?」
おれの心を読んだかのように紺野さんが問い掛ける。
「え……?」
背中の翼子へ視線を向ける。
「あっ、この香り」
そう、翼子がつけているのはいつもと違う懐かしいコロン。
出会ったころの懐かしい香り……。
「あれ?工藤さんってコロンつけてるんだ」
翼子と仲良く話せる様になった頃。
二人でおしゃべりしていたおれは彼女から発せられる甘ずっぱい香りに気が付いて問い掛ける。
「エヘヘー。気が付いた?」
ニコニコ笑顔が返ってくる。
「あたしさぁ、いっつもバタバタ走ってるじゃない?汗くさくならないようにって遊季がコロンを選んでくれたんだ」
友達の名前を出しながら説明してくれる翼子。
そんな時風がふわりとコロンの香りを運んできてくれる。
その甘酸っぱい香りに胸が「きゅん」とトキメク。
「いい香りだね」
その言葉に顔を真っ赤にする彼女を見て胸のトキメキが「彼女のことが好き」という気持ちに変わっていった……。
「紺野さん、ゴメン」
やっと全てを理解したおれは心から紺野さんにお詫びする。
「私はいいのよ。それよりも翼にいわなくてはいけないことがあるんじゃないの?」
紺野さんの言葉に決心の気持ちを込めて力強く頷く。
「この甘ずっぱい香りに改めて『きゅん』としたよ。もう迷わない」
「そりゃそうよ!当時一番流行っていたコロンだったんだから。でもよかった〜。これで私も一安心よ」
紺野さんがやっと笑顔を見せてくれる。
その表情におれも何だかホッとした気持ちになると背中の翼子に顔を向けて甘ずっぱい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「どうしたの?こんなところに呼び出して?」
翼子が不思議そうに問い掛ける。
 あれから何日かたった休みの日。
おれは翼子に中学校のすぐ裏にある河原へ来て欲しいと誘った。
「出来れば、この前と同じヘアスタイルとコロンの組み合わせで」
とお願いして。
そう、あの時背中に感じた翼子の温かさ、そして心をときめかせてくれた甘ずっぱいコロンの香り。
それらに後押しされて決心した言葉を口にするために、この場所を選んだのだ。
「覚えてる?中学卒業式の日のこと」
コクリと頷く翼子に昨日からずうっと考えていた言葉を口に出す。
「あの時、翼子に素直な気持ちを伝えられなかったらきっと後悔していたと思うんだ。同じことが今言えると思ってこの場所に来てもらったんだ……それで……」
ちょっと緊張して一度言葉を切り、大きく深呼吸する。
翼子もじぃっとおれの方を見つめている。
「本当は、もう少しちゃんとしてから……とか考えたんだけど、一番大切なことに気づいたんだ。それで、決心したんだ」
「おれは、工藤翼子と結婚したい。おれの出来る全てを賭けて幸せにしたい……わっ!」途中で言葉が切れる。
翼子がおれの胸に飛び込んできたからだ。
「嬉しい!本当に、本当にあたしでいいの?」
「もちろん!そっちこそ、本当におれで後悔しないんだな?」
おれの質問に力強く頷く翼子。
そのまま強く抱きしめると、甘ずっぱいコロンの香りがより強く胸をときめかせてくれ、この決心が絶対に間違っていないんだと確信する。
「絶対に幸せにする!」おれは決心の気持ちをこめて長い長い口づけを交わした。
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権藤ゆーき / 2005(p) Lovetale vox